ドイツ・ドイツ・ドイツ
きみはバーチャルユーチューバードイツのトリを知っているか。あのゲーム実況や雑談、歌もこなすれっきとしたバーチャルユーチューバーである。しかし知らないのも無理はない。チャンネル登録者が44人しかいないからだ。
今日は語りたいと思う。それが生まれた日、そして今日まで、どのような道を辿ってきたのかを。
ある夏の夜だった。
スマートフォンの電源を入れると、バックライトの眩しさが目に突き刺さるようだった。品川駅の改札前はぬるい空気で満たされていたが、コンクリートの冷たさが肌に心地よい。始発を待って、すでに2時間が経っていた。
改札のほうから、近づいてくる人影があった。いや、より正確に言うなら、それは人ではなかった。
あしゅりーだ。
あしゅりーはビールの缶を握りつぶして投げ捨てると、僕の隣に座った。がらんとしたホールに、空き缶が転がる音と、うんちの音が響いた。
あしゅりーは手のひらでおしりを拭くと、ポケットからデブのスワンを取り出して言った。
「君にドイツのトリを預けるぷに。君はこいつをバーチャルユーチューバーにしないといけないぷに。」
「ドイツのトリ.... バーチャルユーチューバー....」
「そうぷによ。君とドイツのトリに、バーチャルユーチューバーを創り出す力があるかどうかに関わらず、君たちはバーチャルユーチューバーにならないといけないぷに。そりでは....」
「バーチャルユーチューバーになる....どうやって?」
「知ってることを聞かないでほしいぷに」
そう言うとすぐ、あしゅりーは光の粒になって消えた。残されたのは、あしゅりーのうんちと、ドイツのトリ一羽だけだった....。
暑い日が続いていた。
バーチャルユーチューバーは顔面の動きとシンクロした動く絵、そして声だ。ぼくたちが知っているのはそれだけだった。2Dのアニメーションソフトを使って、ドイツのトリの外観をポリゴン化する。最初は、「右目」と「口」の動きに反応するようにパラメータとポリゴンを結びつけた。
ドイツのトリが1時間喋る。それだけ決めると、ぼくたちは最初の放送をした。伊藤園のミルクコーヒーを飲みながらアイコスのシトラスメンソールを吸うとマックのピクルスの味がする話をしたり、コメントで「不整脈起こしてる心臓みてえだな」と言われたりした。
放送が終わると、ぼくたちは近所の吉野家で牛丼を食べた。スーパーチャットで貯めたお金でアメリカに家を建てよう、いや、石油の風呂に服着たまま入ろう、そんな未来の話をした。お金はなかったが、ぼくたちはいつまでも笑っていられた。
3回目の配信では、美少女アバターを準備した。バーチャルユーチューバーといえば美少女というのは、どう考えても当たり前のことだったのだ。絵はそこまでうまくなかったが、ドイツのトリは笑顔のチャーミングな女の子として生きていくことになった。
その後も、雑談に加え、ゲーム実況、歌など、ぼくたちはバーチャルユーチューバーとしての活動を重ねていった。
そんな中で、しだいにドイツのトリ自身がどこか遠くを見つめるような顔をすることが多くなっていった。その頃には季節はもう冬だった。
アメーバピグに潜る配信では、ドイツのトリは自らが抱えた孤独を語った。2000年代初頭のチャット時代を振り返って、今のインターネットを嘆いた。
配信が終わった後、ドイツのトリは意を決して話を切り出した。自分が外国人技能実習生であること、技能実習ビザが切れそうなこと、そして、バーチャルユーチューバーをもう終わりにすること。
すぐにその日は来てしまった。その日は特に寒い一日だった。
水くさい別れはやめよう。これで何もかも終わりってわけじゃないんだ。彼が出発する日、俺は空港に行かなかった。近所の吉野家に入り、牛丼を注文する。
すぐに、並盛りの牛丼が運ばれてきた。口に入れ、これはうまい、と思った。同時に、彼と過ごした時間や、語り合った夢が走馬灯のように思い出された。まるで「5分でわかるドイツのトリ」のように....。
彼にもこの牛丼を、もう一度食べさせないといけない。並盛りを持ち帰りで注文し、慌てて店の外に出る。時間がない。
「お急ぎのようぷにね」
「あしゅりー....お前....!!」
「本当のバーチャルユーチューバーにたどり着いたようぷにね。乗るといいぷに」
あしゅりーがアクセルを踏み込むと、タクシーは夜の街を駆けた。
完